Never Fail

下記テーマにつき、日々の経験・学習・思索を発信。皆さんの知的刺激や上手く生きるヒントに…なるかなあ。

地頭エリートは人たらしに勝てない

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昔、自分の地頭は優れていると思い、人に頼らずとも、複数人のチームより優れた結果を残そうと、もがいていた。そんな僕が、過ちに気付き、他者と協働して成果を出そうと思うようになったエピソード (約1700文字)

気遣いするなら自分で全部やる

僕は、いわゆる「気遣い」(とされる行動。以下でも同様。)が苦手。人に媚びへつらう感じがしてしまい、それをする自分もすごく嫌い。「気遣い」が、人間関係構築に必要ならば、一人で全てやってやる。そう思ってしまうくらい。

仕事は、チーム戦。
自分一人では何もできない。
周囲と良好な人間関係を築き、一致団結してコトに当たる方が大きな成果を残せる。そんなこと、頭では分かっている。

でも、成果がゴールならば、卓越した個人技を磨いて、チームを超えればいいじゃないか。入社して6年程、この意地をモチベーションに自分を鍛えてきた。

社会はそんなに簡単じゃない

でも諦めた。
本当に大変だった。
何だかんだ、優秀な人は多い。その中で一歩突き抜け、一人で複数人の連合に勝つのは、並大抵の努力とセンスじゃ足りない。いや、それでどうにかなるレベルの話ではない。特撮やドラマの戦い方は成立しない。

「人たらし」の同期が活躍

そんなことを漠然と思い始めた頃、社内のそこらで、同期(Aとする)の名を聞く機会が増えた。同期の中でも一番顔が広く、話題の中心にいたような子だった。

頭がいいタイプではなかったが、なんだろう。「人たらし」とでも言うのかな。「おじさんキラー」と言った方が正確かもしれない。前向きで明るく積極的。「気遣い」も完璧で、飲み会の幹事をいつも率先するようなタイプ。僕とは違う生き方をしている子で、仲が特別良いわけでもなかった。

そんな彼女(実は女の子)の名前を、事業部を跨いで聞くようになった。社内の有力者にも顔が広く、一緒に色んな仕事を作っているらしい。

ある日、役員向けに企画提案をしたとき、彼は僕の年次を聞いてこう言った。

「6年目というと、Aさんの同期ですか。よく一緒に仕事をしますが、優秀な世代なんですね。」

彼は、僕のことを評価して言ってくれたのかもしれない。ただ、僕は、A が文脈関係なく出現し比較されたところに、内心モヤモヤした。

「人たらし」には敵わない

数日後、A に会う機会があったので、この話をしてみた。優秀だって褒められてたよ、正直モヤっとしちゃったよ、って。そしたら、彼女はこう言った。

「ああ、そう言えば!! 別の役員から、私も同じようなこと言われたよ~!! あくえりって知ってる? あいつ若いのにしっかりしてるな、って!! 私は、そんな君が自分の同期であることを誇りに思ったし、" 私の同期はすごく優秀で、いつも助けてもらってるんです~いいでしょ!! " って言っちゃったよ~!! 」

何だこの差はと。大変恥ずかしい思いをした。僕は、半ば嫉妬の想いでムスっとしていたのに、彼女は周囲の人間を立てて、明るく受け答えしていた。聞いていた役員が、どちらの反応に好感を示すかは、火を見るより明らかだ。

そして、もう一つ気が付いたのは、僕の「モヤっと感」がなくなっていたこと。だってさ、そりゃ嬉しいもん。自然と好きになるよ。こんなんだったら、味方は集まるし、仕事も進むよな。

考え方を変えた

些細な出来事だが、これが、自分の考え方と行動を変える、一つのきっかけになった。実力重視の路線は捨てていない。ある意味アイデンティティだから。それでも、行動としての「気遣い」を、少なくとも併用するようになった。

結果、間違いなく、前よりも仕事はやりやすくなった。敵も極力作らないようになったので、邪魔されることも減った。

個人突破には限界がある。
一人でみんなに勝つのは無理だ。
それを認めるのは悔しい。

でも、認めた先に本当の成功と喜びがあると、今なら素直に思える。(普通に考えると当たり前なんだけどさ。当たり前って難しいし、各個人のそれって、想像以上にバラバラだと思う。)

もし、前の僕と同じスタンスの人がいたら、「仲間づくり」を試してみてほしい。

意地を捨て、歩み寄ってみる。どうしても受け入れられなければ、少なくとも「気遣い」に見える行動をする。それだけでも大分、世界は変わると思う。