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人事評価制度を考えたら幸せな働き方の話に行き着いた

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「成果主義」の問題やそれを乗り越えるための「新しい評価制度」を考案していたら「幸せな働き方って何だ」という話に行き着きました。

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先般の裁量労働制の国会答弁に関連して、成果主義の是非を問う言説を見かけるこの頃。

「成果主義」の問題や、それを乗り越えるための「新しい評価制度」を考えていたら、「幸せな働き方って何だろう」…という話に行き着きました。 

 「成果主義」の問題

「成果主義」って曖昧すぎる


成果主義」が色々と問題になるのは、その曖昧さに原因があると思うんです。

何が曖昧なのかといえば、たとえば「成果とは何か」について、客観的で合理的な定義が定められていないこと。

売上や業績であれば分かりやすいけど、その大小だけで給料が決まるなら、売上が付きにくい新規開拓の担当者は不利です。誰も、会社の未来のために、新しい仕事を探してくるようなことはしないでしょう。

また、売上を得たとしても、それが誰の貢献によるのかがとても分かりにくいのです。営業の押し込みが良かったのか、エンジニアのモノづくりが良かったのか、はたまたマーケッターのビジネスメイクがよかったのか…3者の貢献を合理的に合意に落とし込むロジックは全く見当も付きません。

他に、設定した目標に対する到達度を成果と考えることもあるけど、設定目標は恣意的に高くも低くもできてしまいます。敢えて低い目標値を設定して、軽々と達成して、ボーナスたくさんもらう!なんて行動がまかり通れば、事業体として致命的ですよね。  

「成果主義」の限界を超えて次の評価制度へ


「成果主義」自体は合理的で納得感があるけど「成果」を明確に定量化できない限りは、実質的に使い物になりません。そして、誰もが納得できる成果の合理的な計測方法は、恐らくまだ見つかっていません。

なのに無理に押し通そうとするから常に揉め事が起きるんです。

それでは、これからの時代には、どんな人事評価制度を取ればいいでしょうか。 「労働時間主義」でも「成果主義」でもなく、客観的で合理的な新しい評価制度について、少しだけ頭の体操をしてみましょう。

例えば、発想を逆転して「定量化できるもの」をスタートに評価制度を作るのはどうでしょうか。

世の中には「評価結果」について、(それなりに)客観的で合理的で、「成果主義」ほど揉め事にならない制度がいくつかあると思います。一部のゲームやスポーツや大学受験なんかがそうですね。

これらは、ルールや解答が予め定められており、それ通りに行動し答えを当てれば得点が加算され、「評価」されることになっています。主観は極力排除され、大凡は定量的な評価が可能になる仕組みです。

「ルール主義・行動主義」の人事評価制度

概要


こうした考え方を人事評価制度に適用してみると、どうなるでしょう。

「成果主義」ではなく「ルール主義・行動主義」といいましょうか。

例えば、6時に出社したら+5ポイント、誰かに感謝しそれを受け取ってもらえたら+1ポイント、研修に参加したら+3ポイント、などです。逆に、遅刻したら-3ポイント、参加した会議で何も発言しなければ-5ポイント、などを加えてもいいでしょうね。

ここでの注意は、あくまで「行動」、すなわち努力と意識次第でポイントが稼げるようなルールのみを設定し、「成果」や、他人の行動に依存する項目を含まないことです。そうしないと、「成果行動主義」となってしまい、曖昧な「成果」議論に戻ってしまうから。

労働時間主義は「ルール主義・行動主義」の一部


勘の良い方は気が付くかもしれませんが、ある意味、労働時間主義はこの考え方の一部です。残業を1時間すれば+10ポイントって感じですね。

時間評価は、評価行動の対象が「時間をかけること」だけなのが問題であって、客観性を保証する手法としては正しいでしょう。尤も「時間をかけるだけ」で「働いていない」可能性がある、という話もあると思います。

ただ、働いていなくてもいいんですよ。なぜならこのゲームでは「時間をかける」という条件を満たすと、得点がもらえるルールになっているから。

もちろん、それがルール作りとして正しいか否かの議論はありますが、それはまた別の議論です。これは、客観的な評価制度か否か、という文脈でのお話です。

時間をかけて作業しているか、働いているか、業績に貢献しているかは、それ以外の部分で(マネージャーが見る中で)判断し、必要なら評価を修正すべきと思います。

それでは、こうした「ルール主義・行動主義」を取る場合の、課題は何でしょう。 

課題1:社員の行動を正確に把握できるか


一つは、点数化される行動をいかにして検知するか、ということですね。

時間であれば、タイムカードによって「時間を過ごしたこと」をある程度合理的に証明できます。一方で、行動をベースに得点化する場合、誰がいつどんな行動をしたかを正確に把握する必要があるものの、これは難しいでしょうね。

ひとりひとりに採点者が付いて回るわけにもいかないし、ウェアラブルやAIが微細な行動を全てトラッキングできるようになるには、かなりの時間が掛かるでしょう。 

ただ、1つの可能性として思うのは、VRの中でオフィス生活が出来るようになれば、全ての行動をデジタルでトラッキングできるはず。この場合、行動を基にした評価も完璧に可能になりますね。

これってすごい近未来的でどきどきしませんか! 

課題2:業績向上に役立つか


そもそもですが、人事評価制度は何のためかといえば、「社員のモチベーションを適切に管理し、自社の業績を向上させること」でしょう。 

社員は業績を上げるからこそ給料をもらえるのであって、その考え方は評価方法によって変わらないはずです。「成果主義」は、まさにその発想だし、「時間主義」も、労働時間と業績とでプラスの相関があると見做されるからこそ成り立っています。

こうした原点に立ち返った際、「ルール主義・行動主義」は、業績向上に役立つか、というのが2つめのテーマです。

答えは単純で、業績が上がる行動を促すルール、にすればいいだけです。

この行動をすれば給料を上げるよ、じゃあやりますよ、結果として業績上がりましたよ、ということです。仕組みとしては非常に明確です。

一方で、具体的なルール作りになると、そんな簡単ではないでしょうね。「社員にどんな行動をしてもらえば業績が上がるのか」について、明確で責任ある回答を打ち出せる人事部や経営者は多くないでしょう。

★★★
少し脱線しますが…「成果主義」の問題を考える上でのポイントもここにあると思います。

つまり、会社(マネージャー、管理者)が、「成果を上げる具体的な行動」を分からないまま、部下や社員にそれを求めていること。

自分が分からないことを、下に丸投げして解決を試み、失敗したら下に責任を負わす(給料を下げる)のが、「成果主義」の本質だと思います。 

まとめ


以上、「ルール主義・行動主義」の人事評価制度を考えてみました。

技術的な進歩で、社員の行動をデジタルにトラッキングできるようになり、経営者は、社員の行動をもとに評価を決める。

社員は、定められた目標行動を取り続けることで、成果を上げて、会社の業績向上に貢献し、結果として高給を手に入れる。努力が成果と評価に必ず結びつき、上司の恣意的な評価は一切排除される。同僚の高い評価が、ルールに従う努力の結果であると信じられるため、不毛な嫉妬心は芽生えず、もっともっと努力しようと思える。

結果、会社はむくむくと成長し、会社も、そこで働く社員も幸せ…なんて未来があるのかもしれません。

働く幸せってなんだ?

ここまで、客観的で合理的な人事評価制度を創り上げることを考えてきました。そして、それが実現できそうな未来も見えてきました。

ただし、この仕組みは社員にとって幸せなのでしょうか?

評価されようとされまいと、給料が上がろうと下がろうと、自分の頭で考えて努力して行動する、ということは、それ自体が仕事への充実感を生むのではないでしょうか。

逆に、どんなに成果が上がり評価されようとも「指定されたことをやり続ける」ような社会人生活は、多分面白くない

お客さまのために、自分の頭で考えて、創意工夫し、失敗しても学び、怒られてもまた立ち上がり、最後にはやっと成功し、誰かに感謝されて、自分でも満足する。

そんな泥臭く非効率的な道のりを楽しむのも、人間ではないでしょうか。

 

みなさんは、働くモチベーションが何で、それがどのように評価されたら満足しますか?何か考えるきっかけになれば嬉しいです!